MENU

ヤマハFG-130のグリーンラベル|中学で買ってもらった最初のアコギ

ヤマハFG-130のサウンドホール内のラベル。YAMAHA FG-130 NIPPON GAKKI CO.,LTD. MADE IN JAPAN と緑の文字で印刷されている

ギターを50年弾いてきて、何十本も買っては手放しました。その記録を、1本ずつ書いていこうと思います。

1本目は、いちばん最初のギターです。

ヤマハFG-130のサウンドホール内のラベル。YAMAHA FG-130 NIPPON GAKKI CO.,LTD. MADE IN JAPAN と緑の文字で印刷されている
サウンドホールから覗いたラベル。緑の文字で「YAMAHA FG-130」

ラベルにはこう書いてあります。

YAMAHA
FG-130
NIPPON GAKKI CO., LTD.
MADE IN JAPAN

まだ「日本楽器製造株式会社」だった頃のヤマハです。

目次

中学生のときに、買ってもらいました

このギターは、親に買ってもらったものです。

正直に言うと、どういう経緯だったのか、全然覚えていません。当時そんなに裕福だったとも思えないのに、買ってもらっている。なぜギターを弾こうと思ったのかも、さっぱり思い出せないのです。

ただ、ケースのことだけは覚えています。昔よくあった、チェック柄のソフトケース。あれに入れていたはずです。

10年ほど前に、自分でこんなことを書いていました。

中学生のころ、親に買ってもらったYAMAHAのFG-130が我がギター人生の始まり。今思えば、何をきっかけにギターを買ってもらったのかさっぱり覚えていない。

友達の影響で、S&Gをよく聴いていたので、ポール・サイモン→アコギという流れだったのかもしれない。

サイモン&ガーファンクル。言われてみれば、そうだったのかもしれません。当時のほうが、少しは思い当たることがあったようです。いまはそれすら曖昧になりました。

グリーンラベルという時期のギターでした

ヤマハのFGシリーズは、サウンドホールの中に貼ってあるラベルの色で、だいたいの年代がわかります。

  • 赤ラベル 1967年〜
  • グリーンラベル 1972年6月〜
  • 黒ラベル 1974年7月〜

写真のラベルは緑です。つまりグリーンラベルの時期のもの。

そしてFG-130という機種そのものが、1972年6月のモデルチェンジで登場した19機種のうちの1本でした。赤ラベルの時代には、そもそもFG-130という型番がありません。

ということは、買ってもらったのは1972年6月より後です。私は中学3年でした。「中学生だったと思う」という自分の記憶と、ぎりぎり合います。

ラベルの色ひとつで、50年前の記憶の裏が取れてしまう。覚えていないことのほうが、モノは覚えているのだと思いました。

ラベルを見なくても、わかる見分け方

ちなみに、ラベルが読めなくても外から見分けがつきます。

グリーンラベルになったとき、ヘッドの形が先細りに変わりました。それとトラスロッドカバーが、白い縁取りの入った茶色のセルロイドになっています。赤ラベルの時代とは、ここが違う。

さらに1974年7月の黒ラベルになると、形はほとんど同じまま、トラスロッドカバーとピックガードが黒に変わります。パッと見は緑と黒の区別がつきにくいのですが、そこを見ればわかります。

中古で古いヤマハを見かけたときは、サウンドホールを覗く前に、ヘッドとロッドカバーを見てみてください。

「日本楽器製造」という社名

ラベルの「NIPPON GAKKI CO., LTD.」も、いま見ると時代を感じます。

ヤマハが「ヤマハ株式会社」になるのは、ずっとあとのことです。私が買ってもらった頃は、まだ日本楽器製造株式会社でした。オルガンやピアノの会社が、フォークギターを作っていた時代です。

FGシリーズは、その日本楽器が日本で最初に本格的に作ったフォークギターでした。1966年か1967年に出て、日本中の中高生が最初に手にするギターになった。私もその一人だったわけです。

定価13,000円のギターです

FG-130の定価は13,000円でした。

ヤマハのFGは型番が値段を表していて、FG-180なら18,000円、FG-150なら15,000円。130は、シリーズのいちばん下のほうです。

トップもサイドもバックも合板。単板は使っていません。いわゆる入門機です。

ただ、このグリーンラベル期のFGは、いまでもジャパンヴィンテージとして中古市場で普通に売られています。作りがしっかりしていたのだと思います。

当時の13,000円は、いまの感覚だと5〜6万円くらいでしょうか。裕福ではなかった家が、中学生の子どもに出した金額としては、それなりです。

アコギの最初の1本が、合板でよかったのか

いまなら「最初の1本は単板のほうがいい」という話を、あちこちで見かけます。

でも私は、全部合板の13,000円から始めました。そして50年、やめていません。途中で何度も冷めたけれど、そのたびに戻ってきました。

あとになって100万円を超えるギターも買いましたが、弾く時間が増えたかというと、そうでもないのです。むしろ飾っている時間のほうが長かったものもあります。

だから、アコギの最初の1本については、いまでもこう思っています。いい音かどうかより、手元にあって、気が向いたら触れることのほうが大事だと。合板でも、中古でも、それで50年続くことはあります。

1年半後には、5万円のギターを買っています

おかしいのは、ここからです。

FG-130を買ってもらったのが中学3年。高校に入って、1年生の冬には、サウナでアルバイトをして稼いだ5万円を全部つぎ込んで、次のギターを買っています。茶木(ちゃき)のW-3です。

買ってもらってから、1年半。13,000円のギターから、4倍近い5万円のギターへ。

「なぜギターを弾こうと思ったのか、さっぱり覚えていない」と言うわりに、火のつき方が早いのです。中学生のうちに、もう次が欲しくなっている。

そして、そのあとの50年も、だいたいこの調子でした。買っては手放し、また買う。その1本目が、この13,000円のギターだったわけです。

このギターを弾いている写真が、1枚だけありました

本体の写真は、もう残っていないと思っていました。ところが1枚だけ出てきました。

披露宴でヤマハFG-130を弾いているところ
誰かの結婚披露宴で。膝にあるのがFG-130です

誰かの結婚披露宴です。グランドピアノの前に椅子を置いて、マイクを1本立てて、余興で弾いているところ。礼服です。

この膝の上にあるのが、FG-130です。ナチュラルのトップに、黒いピックガード。ボディの形も、ヘッドの形も、間違いありません。

中学で買ってもらったギターを、大人になって、人の披露宴で弾いている。それだけ長く使っていたということです。

このギターだけ、手放した記憶がありません

おかしなことに気づきました。

私は、手放したギターのことはだいたい覚えているのです。

  • 茶木のW-3 → ニフティの掲示板で売却
  • マーチンD-28 → ヤフオクで売却
  • グレーベンほか十数本 → ドルフィンギターズで委託販売
  • ギブソンLG2 3/4 → 売却済み

どれも、どこでどう手放したか書き残しています。

ところがFG-130だけ、売った記録も、捨てた記憶も、どこにもありません。いつまで持っていたのかも、はっきりしないのです。

買ってもらったものだからでしょうか。自分で稼いで買ったギターは値段も店も覚えているのに、もらったギターの出口だけが、すっぽり抜けています。

ブログを始めるとき、最初に置いたのがこの写真でした

10年ほど前に、ギターのブログを始めたことがあります。そのいちばん最初の記事のタイトルが「アコギとの出会い」でした。

そこに貼った写真が、このラベルの1枚だけです。

そのとき書いた文章が残っています。

中学生の頃に、初めて手にしたアコースティックギター(当時は、フォークギターと呼ばれていましたが)の音色が、何となく好きで、この歳になっても、ギターの音楽を聴いたり、下手くそながら、自分でも弾いてみたりを続けています。

何十本も買って、売って、そのときどきで何十万円も何百万円も出してきました。それでもブログを始めようというとき、最初に選んだ写真が、13,000円のギターのラベルだったのです。

自分でも、いま気づきました。

50年たって

いま手元にあるギターは、このFG-130ではありません。だいぶ遠くまで来ました。

それでも、出発点はここです。

1972年、中学3年。日本楽器製造の、定価13,000円の合板ギター。チェックのソフトケースに入れて、たぶん、大事に持ち歩いていたのだと思います。

次は、高校1年の冬に買った茶木のW-3のことを書きます。サウナのバイト代5万円を、全部つぎ込んだギターです。


この話の続き|ギター遍歴の年表

中学でラジオを聴いていた頃から、いまギターを弾いているところまで、年代順に書いています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次